年表
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1937年
24歳
甲府から
北支へ - 昭和12年9月
支那事変が始まり、2回目の徴兵
3日後に入隊せよ【1年4か月】甲府49連隊に入隊し、北支最前線へ。
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1945年
32歳
雷州半島
- 昭和20年8月
8月17日終戦の詔勅
海南島に近い雷州半島の収容所に送られ、半年過ごす。

本店で焼き鳥を焼く、根本忠雄
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1951年
38歳 - 昭和26年
「鳥の丸蒸し」を本格的に売り出す
1本10円の焼き鳥がとぶように売れて、一人40羽しかさばけない
のれん分けシステムーのれん分け第一号『馬道店(現在の浅草花川戸店)』開設。
※2022年3月更新しました。
〝クリスマスには一家に一羽〟と
丸むしをPRする鮒忠の宣伝カー

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1953年
40歳 - 昭和28年12月
足立区保木間に、鶏の仕入卸売り事業部を設立する。(第一仕入部時代)
昭和32年に本格的な仕入れ製造加工
工場が完成、足立工場となる
- 昭和30年
支店15店、12月板橋区戸田橋に、第2仕入部を設ける。
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1957年
44歳 - 昭和32年
支店25店(うち8店舗がのれん分けシステムで独立店となる)
第一仕入部(保木間)を足立工場とし、加工製造部門を強化する。
- 昭和33年
支店30店(従業員数370人)
- 昭和35年
支店35店
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1961年
48歳 - 昭和36年
パーティ部門を設立
- 昭和37年
支店40店
- 昭和39年
支店48店(従業員数600人)
※ 次回は2022年5月25日公開予定です。
- 昭和43年1月
日本初(食鳥新聞調べ)のフランチャイズチェーン計画発表
- 5月
ブロイラーの解体と流通拠点としての東京工場が完成。日本初の処理加工、冷凍、保管、配送までの一貫システムとして稼働する工場となる。
- 昭和46年
フランチャイズシステム本格導入
- 昭和47年4月
山形県上山市に、山形工場開設
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1975年
62歳 - 昭和50年
直営30店、FC60店。
生産工場4か所、営業所10拠点、セントラルキッチン。
日本全国の鶏肉市場における鮒忠シェアが10%になる。
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1978年
65歳 - 昭和53年9月
フランチャイズ100店
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1980年
67歳 - 昭和55年4月
代表取締役会長に就任
根本修司取締役が代表取締役社長に就任
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1987年
74歳 - 昭和62年6月
根本忠雄代表取締役会長が、名誉会長に就任
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1988年
75歳 - 昭和63年
根本忠雄名誉会長、永眠
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2004年
- 平成16年4月
根本修司代表取締役社長、黄綬褒章受賞