焼き鳥・鶏料理・鰻(うなぎ)|株式会社鮒忠

創業者ストーリー

裸一貫からのブレない生き方、稼ぎ方

根本忠雄焼き鳥商法

年表

  • 23歳
  • 昭和11年11月

    2年の兵役から除隊となり、帰京
    翌2月安藤ていと結婚

    米の組合ができていたが入れず、一匹狼で『兵隊がえりの米屋』として暴れることした。「命がけの安値段」

※次回は2022年1月25日公開予定です。

  • 昭和21年11月

    冬のつなぎに鶏の販売、生肉から焼き鳥へ行商

    月の売上1万円。インフレに次ぐインフレ時代。昭和24年までお金を残すことより無事に商売を続けていく方が大事だった。「もうけは少なく数をこなす」ことを心に刻みつけて商売を続けた。

  • 37歳
  • 昭和25年3月

    鮒忠本店2階建にして飲食店を開業

    1階は惣菜店、2階は飲食店。店員は8人。

  • 昭和26年正月、本店前に勢揃いした従業員。のれん分けで独立した人たちの顔も見える
  • 38歳
  • 昭和26年

    「鳥の丸蒸し」を本格的に売り出す

    1本10円の焼き鳥がとぶように売れて、一人40羽しかさばけない

  • 40歳
  • 昭和28年

    足立区保木間に、鶏の卸売り事業部を設立

  • 44歳
  • 昭和32年

    支店25店

  • 62歳
  • 昭和50年

    直営30店、FC60店
    生産工場4、営業所10、セントラルキッチン。日本全国の鶏肉市場の10%シェア

  • 65歳
  • 昭和53年9月

    フランチャイズ100店

  • 67歳
  • 昭和55年4月

    代表取締役会長に就任