焼き鳥・鶏料理・鰻(うなぎ)|株式会社鮒忠

創業者ストーリー

裸一貫からのブレない生き方、稼ぎ方

根本忠雄焼き鳥商法

年表

本店で焼き鳥を焼く、根本忠雄

現在の浅草花川戸店
  • 昭和30年

    支店15店、12月板橋区戸田橋に、第2仕入部を設ける。

  • 1957年


    44歳
  • 昭和32年

    支店25店(うち8店舗がのれん分けシステムで独立店となる)
    第一仕入部(保木間)を足立工場とし、加工製造部門を強化する。

  • 昭和33年

    支店30店(従業員数370人)

  • 昭和35年

    支店35店

  • 1961年


    48歳
  • 昭和36年

    パーティ部門を設立

  • 昭和37年

    支店40店

  • 昭和39年

    支店48店(従業員数600人)

※ 次回は2022年5月25日公開予定です。

  • 昭和43年1月

    日本初(食鳥新聞調べ)のフランチャイズチェーン計画発表

  • 5月

    ブロイラーの解体と流通拠点としての東京工場が完成。日本初の処理加工、冷凍、保管、配送までの一貫システムとして稼働する工場となる。

  • 昭和46年

    フランチャイズシステム本格導入

  • 昭和47年4月

    山形県上山市に、山形工場開設

  • 1975年


    62歳
  • 昭和50年

    直営30店、FC60店。
    生産工場4か所、営業所10拠点、セントラルキッチン。
    日本全国の鶏肉市場における鮒忠シェアが10%になる。

  • 1978年


    65歳
  • 昭和53年9月

    フランチャイズ100店

  • 1980年


    67歳
  • 昭和55年4月

    代表取締役会長に就任
    根本修司取締役が代表取締役社長に就任

  • 1987年


    74歳
  • 昭和62年6月

    根本忠雄代表取締役会長が、名誉会長に就任

  • 1988年


    75歳
  • 昭和63年

    根本忠雄名誉会長、永眠

  • 2004年

  • 平成16年4月

    根本修司代表取締役社長、黄綬褒章受賞